東京高等裁判所 昭和29年(う)3125号 判決
被告人 塩島清蔵
〔抄 録〕
被告人の控訴趣意竝に弁護人の控訴趣意第一点について。
原判決の認定した被告人の窃盗の事実は、原判決挙示の証拠によりこれを認めるに足り、記録を精査検討しても原判決の右事実の認定が所論のように誤認であることを窺うことはできない。原審証人茂木光美、同田野安蔵の各原審公判廷における供述は、単に所論の事由によつては信憑力のないものとは認められないし、弁護人所論の第二の男、すなわち田野糸店前路上で被害品である自転車によりかかつて立小便をし、田野安蔵に向い、ドライバーを貸して呉れと云つたという酔つた男が被告人であることは、原判決の引用する原審証人茂木光美、同田野安蔵の各原審公判廷における供述、茂木光美、田野安蔵の司法警察員に対する各供述調書により認められるのである。又原判決引用の証拠によつて認められる昭和二九年四月二八日午後八時一〇分頃から、四〇分頃までの間に、酒に酔つた男が東京都中央区馬喰町四の一番地所在ピースパチンコ店前路上から約六〇米離れている同町四の九番地所在田野糸店前路上に、鍵のかかつた自転車一台を移動していた事実が所論のように通行人その他に不審の念を抱かせなかつたものとしても、その時刻、距離、移動に要した時間、酩酊の程度等から考え、不審の念を抱かせなかつたことが、経験則上あり得ないものということはできない。しからば原判決の事実誤認を主張する論旨はいずれも理由がない。
弁護人の控訴趣意第二点について。
原判決の引用する原審証人福田潤二郎、同茂木光美、同田野安蔵の各原審公判廷における供述によれば被告人は原判示犯行当時酒気を帯び、多少酔顔を呈していたが、言語動作に乱れはなく、心神喪失の状態でなかつたことはもとより心神耗弱の状態でもなかつたことを認めることができる。しこうして刑事訴訟法第三三五条第二項にいわゆる犯罪の成立を妨げる理由の主張があつた場合にこれに対する判断を遺脱したことは所論のように判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいのある場合にあたらず、同法第三七九条にいわゆる訴訟手続に法令違反がある場合に該当するものであるから、判決に影響を及ぼすことが明かでなければ控訴理由として主張できないものであるのみならず、その判断を示す方法は常に必ずしもかかる主張を特に掲げてこれを如何に判断したかを示すことを要するものではなく、その主張と反対の事実を認定判示することによつて間接に、かかる主張に対する判断を示すことも妨げないと解するを相当とするのである。従つて原審第七回公判調書によると被告人の原審弁護人は同公判期日において被告人が本件犯行当時酩酊により心神喪失の状態にあつたものであると主張したことが認められること所論の通りであるから、原判決は原審弁護人の右の主張を刑事訴訟法第三三五条第二項にいわゆる法律上犯罪の成立を妨げる理由の主張としてこれに対する判断を示すを要するにかかわらず、特に右の主張をかかげて直接にこれに対する判断を示していないことも亦所論の通りであるが、原判決がその挙示の証拠により被告人の原判示窃盗の事実を認定判示しているところよりすれば、原判決は原審弁護人の右の主張に対し間接に否定の判断を示しているものということができるのである。されば原判決は被告人の原判示犯行当時における精神状態について誤認したものではなく、又いわゆる法律上犯罪の成立を妨げる理由の主張に対する判断を全然欠くものではないから、原判決には所論のような理由を附せず、又は理由のくいちがいのないことは勿論、訴訟手続に法令違反があるものでもない。論旨は理由がない。